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北島秀一さんのこと

9月になり、カレンダーは今日から秋だよと我々に告げますが、
いきなりそんなことを言われても外はまだ暑いし、
なかなか受け入れられるものではありません。

そんな風に、夏なんだか秋なんだか分からない、
なにやら落ち着きのない、ふらふらゆらゆらとした状態のまま、
9月の何週かは過ぎてゆくものですが、
今年の9月に限っては、季節の移ろいとはまた別の理由で
ふらふらゆらゆらとした心持ちのまま、遠くを見つめています。

9月1日未明、ラーメン評論家の北島秀一さんが
51歳でこの世を去りました。

はじめに言っておきますが、私は北島さんと特別親しかったとか、
よく飲みに行った間柄というわけではありません。
SNS上でたまに他愛のないやりとりをしたり、
直にお会いしたときでも、ほぼご挨拶程度だったと思います。

その程度の間柄でしかない私ですが、
北島さんがこれまで為されてきたことに対して
少なからず影響を受けてきたのだということに
今さらながら気付かされました。

私が北島さんから教わったこと、それは
「ラーメンと真摯に向き合いなさい」
そのひとことに尽きるような気がします。

あるとき特別なラーメンに出会い、
ラーメンのことをもっと知りたくなり、
調べ、食べ歩き、記録し、やがてそれを公開していく中で
同好の輩と出会い、飲んでは食べ、語り合い、
そして今がある。
その間に、どれだけの喜びと感動をラーメンから得たことか。

そんなかけがえのないラーメンという存在に対して語るとき、
我々がこれまで得てきたものの大きさを思い、
またそれを作り出してきた人々の
まさに血の滲むような努力と苦労の数々を思いながら
それに臨まなければならない。

それは、ラーメンを愛し、ラーメンに愛された者にとっての
使命であり、責任である。

私は知らず知らずのうちに
北島さんの仕事、北島さんの言葉から
そんな思いを受け取り、
自分がラーメンについて語るにあたっても
真摯であらんことを心がけてきた
ラーメンと向き合う姿勢を、知らず知らずのうちに
北島さんの背中から学んでいた
そう思うのです。

しかしながら、私のラーメンとの向き合い方など
何をしたところで所詮、素人のお遊びに過ぎないわけで
それと比べ、ラーメン評論家の草分けとして
常に先頭を走り続けながら、
ラーメンを取り巻く世界を見続けてきた北島さんの
責任の重みたるや、いかばかりのものであったか。

ラーメンが時代とともに、その商業規模を広げながら
雑誌の人気企画として、視聴率の稼げるコンテンツとして
巷に露出する機会が増えていくにつれ
そこには、純粋なラーメンへの愛とは違ったものが
徐々に混じっていくようになります。

そんな、ラーメンを取り巻く世界に巣くう膿のようなものを
北島さんは常に憂い、警鐘を鳴らしながら、
結局は自分でその責任を背負ってきたのではないか。
そして、そうやって背負ってきたものが北島さんの命を、
いや、これは私の妄想が過ぎました。申し訳ありません。

9月も半ばになれば、ようやく暑さも和らぎ
夜にコオロギの鳴き声が聞こえるようになると
つい数週間前まで夏であったことなど
すっかり忘れてしまうものです。

しかし、どれだけ季節が巡ろうとも
北島さんが残してくれた言葉、姿勢、そして温かい笑顔も含めて
それらはこれからも決して色あせることなく、
私を、そして皆を励まし、諫め、迷える時の道標となり、
生き続けることでしょう。


北島さん
勝手なことを長々と書き連ねましたが、
この馬鹿者なりの弔いであると、笑ってお許し下さい。
ありがとうございました。そして、さようなら。

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