鰆煮干し淡麗塩中華そば 麺屋ねむ瑠@本郷三丁目

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開店直後の幾分の混乱から 夜のみ営業を経て

昼は常に待ちができる人気店に

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満を持して提供の淡麗

満を持しただけのことはあるとの評を得ての訪問

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最初の一口に独特の風味

一瞬怯む 怯むのだが

次の一口からはぐいぐいと

あれという間にぐいぐいと

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そういえばと思い出す

一方の雄であるところの

超濃厚烏賊煮干中華そば

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こちらを食したときの印象もまた

一口目にぐわんと来ての一瞬の躊躇

しかしながらその後は一気にぐいぐいと

淡麗と濃厚 味わいに違いはあれど

食べ手の導き方には相通じるものが

ああ そういうことか

それはなんとなく なんとなくだけど

他人の性癖を知ってしまったときのような

ちょっと気恥ずかしいような心持ち

ああ そうくるのか

初手にすごくエロいのを持ってくるのか

というかそんなこと 書かなくてもよかろうに

久しぶりのブログ更新で 書かなくてもよかろうに

そんな感じで次回更新は未定です

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3月11日

変わったことと、変わらないこと。
変わってはいけないことと、変わらなきゃいけないこと。

あの日、ラーメンを食べた。
今日もたぶん、ラーメンを食べる。

そして、静かに祈る。
何気ない日常のありがたさを噛みしめる。

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北島秀一さんのこと

9月になり、カレンダーは今日から秋だよと我々に告げますが、
いきなりそんなことを言われても外はまだ暑いし、
なかなか受け入れられるものではありません。

そんな風に、夏なんだか秋なんだか分からない、
なにやら落ち着きのない、ふらふらゆらゆらとした状態のまま、
9月の何週かは過ぎてゆくものですが、
今年の9月に限っては、季節の移ろいとはまた別の理由で
ふらふらゆらゆらとした心持ちのまま、遠くを見つめています。

9月1日未明、ラーメン評論家の北島秀一さんが
51歳でこの世を去りました。

はじめに言っておきますが、私は北島さんと特別親しかったとか、
よく飲みに行った間柄というわけではありません。
SNS上でたまに他愛のないやりとりをしたり、
直にお会いしたときでも、ほぼご挨拶程度だったと思います。

その程度の間柄でしかない私ですが、
北島さんがこれまで為されてきたことに対して
少なからず影響を受けてきたのだということに
今さらながら気付かされました。

私が北島さんから教わったこと、それは
「ラーメンと真摯に向き合いなさい」
そのひとことに尽きるような気がします。

あるとき特別なラーメンに出会い、
ラーメンのことをもっと知りたくなり、
調べ、食べ歩き、記録し、やがてそれを公開していく中で
同好の輩と出会い、飲んでは食べ、語り合い、
そして今がある。
その間に、どれだけの喜びと感動をラーメンから得たことか。

そんなかけがえのないラーメンという存在に対して語るとき、
我々がこれまで得てきたものの大きさを思い、
またそれを作り出してきた人々の
まさに血の滲むような努力と苦労の数々を思いながら
それに臨まなければならない。

それは、ラーメンを愛し、ラーメンに愛された者にとっての
使命であり、責任である。

私は知らず知らずのうちに
北島さんの仕事、北島さんの言葉から
そんな思いを受け取り、
自分がラーメンについて語るにあたっても
真摯であらんことを心がけてきた
ラーメンと向き合う姿勢を、知らず知らずのうちに
北島さんの背中から学んでいた
そう思うのです。

しかしながら、私のラーメンとの向き合い方など
何をしたところで所詮、素人のお遊びに過ぎないわけで
それと比べ、ラーメン評論家の草分けとして
常に先頭を走り続けながら、
ラーメンを取り巻く世界を見続けてきた北島さんの
責任の重みたるや、いかばかりのものであったか。

ラーメンが時代とともに、その商業規模を広げながら
雑誌の人気企画として、視聴率の稼げるコンテンツとして
巷に露出する機会が増えていくにつれ
そこには、純粋なラーメンへの愛とは違ったものが
徐々に混じっていくようになります。

そんな、ラーメンを取り巻く世界に巣くう膿のようなものを
北島さんは常に憂い、警鐘を鳴らしながら、
結局は自分でその責任を背負ってきたのではないか。
そして、そうやって背負ってきたものが北島さんの命を、
いや、これは私の妄想が過ぎました。申し訳ありません。

9月も半ばになれば、ようやく暑さも和らぎ
夜にコオロギの鳴き声が聞こえるようになると
つい数週間前まで夏であったことなど
すっかり忘れてしまうものです。

しかし、どれだけ季節が巡ろうとも
北島さんが残してくれた言葉、姿勢、そして温かい笑顔も含めて
それらはこれからも決して色あせることなく、
私を、そして皆を励まし、諫め、迷える時の道標となり、
生き続けることでしょう。


北島さん
勝手なことを長々と書き連ねましたが、
この馬鹿者なりの弔いであると、笑ってお許し下さい。
ありがとうございました。そして、さようなら。

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ラーメン二郎目黒店

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メグジの厨房には、いつでも使えるよう、塩が用意されている。

その用途については、ご想像にお任せする。

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旨辛ちゃんぽん 豆点@自由が丘

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ラーメン店の数だけはどんどん増加しているものの
相変わらず自由が丘は「ラーメン不毛の地」である

私の中でその評価は変わらないままなのですが
とはいえ希望の光のようなものが見えなくもないわけで

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塩ラーメン べんてん@高田馬場

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人は愚かなので、大切なものが失われると知って
はじめてことの重大さに気付いたりします。

それから慌てて長蛇の列に身を置き
3時間半も待ち続けたりするのです。

ぎらぎらとした日差しに肌を焦がしながら
神田川のせせらぎに耳を傾けながら

それこそ時間はたくさんあるものですから
ああでもないこうでもないと、考えるのです。

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思えば、かつての私はガッチガチの
二郎原理主義者と言ってよいほどの愚か者だったので

熱狂的なファンのいるべんてんとかいう店?
ふん、二郎だよ二郎、べんてんがどうした、などと

全く以って意味のないこだわりを振りかざしては
己の偏狭さに気付くこともなく

あるとき、まあ食ってやるかぐらいの気持ちで立ち寄ると
私のような愚か者に目の覚めるような往復ビンタ

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いやいや本当はもっとやさしく
そんなに意地張ってると、肩こらないかい?と

言い含めるような珠玉の一杯
本当に目が覚めました。

それ以来私は、むしろ以前よりも二郎を食べてるという
お前はいったい何を聞いていたのだという展開ですが

それはつまり、無理してバランス考えることなどせずに
心の命ずるままの一杯を心がけているからで

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普通盛ニンニク少し 麺屋鳳@吉祥寺

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二郎が二郎であるがゆえのアドバンテージなんて
もうないんじゃないの?って話を続けますが

吉祥寺と三鷹の間のびみょーな立地にオープンしたこの店
一応開店当初から存在は知ってはいたものの

でも「歌舞伎町出身」なんでしょ?それは、ねえ奥様ほほほ
などと吉祥寺マダムの間では持ちきりで

とは言わずとも、歌舞伎町はどうかなぁと
様子見を決め込んでいたところ

各所から絶賛の声が雨あられ
どんなに重い腰でもそりゃ上げるってもんでしょう

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辛ミートメン並 ラーメンいつき@京急蒲田

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二郎は二郎であるというだけで
他の二郎のようなラーメンたちとは違うのです

などと言っていられた時代が懐かしくもあり
もうね、本当に侮れないですよ

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汁なしピリ辛麺 ラーメン二郎環七新代田店

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この前環七新代田店を訪れたのは、もう記憶のはるか彼方。
一度行ったという事実だけ覚えてるという状態なので

黄色い庇を見ても、雑然とした店内を眺めまわしても
もしこれが初めてだったなら、ふーんこうなっているんだと

それなりの感慨も湧いてきそうなもんですが
いや実際のところそんな感慨が湧いてきていたのですが

二度目であるという事実が無理やりその感慨を押し止めつつの
なにやらぎくしゃくした体での入店と相成りまして

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おじさんとどろぼう

あるまちに、いつもほがらかなおじさんがいました。

おじさんのわらいがおにつられてみんなもわらうから、

まちではいつもわらいがあふれていました。

 

あるとき、おじさんのおみせにどろぼうがはいりました。

そのどろぼうは、まちではよくしられているわかもので、

おじさんもわかもののことをよくしっていました。

 

うらぎられられたおじさんはおこりました。

そのようすをみて、まちのみんなはおどろきました。

だってみんな、いつもほがらかなおじさんしかしらなかったから、

いかりにふるえるおじさんのかおなど、みたこともなかったから、

いったいどうしていいかわからなかったのです。

 

どろぼうがぬすんだものは、とりたてておおさわぎするほどのものじゃない、

というひともいました。

そもそも、それをどろぼうとよぶべきかどうかもわからない、

というひともいました。

わかものをそそのかしたひとがいるから、そのひとがわるい、

というひともいました。

 

わかものはおじさんのところへあやまりにいきましたが

おじさんのいかりはおさまりませんでした。

 

まちのみんなはおこっているおじさんのことをきにして

どろぼうをしたわかものにつめたくあたることにしました。

わかものとくちをきくのもやめてしまいました。

やがてわかものは、まちをでていってしまいました。

 

おじさんは、いまはもういかりをみせることもなくて

いつもどおりの、ほがらかなおじさんです。

でもまちのみんなは、おじさんのわらいがおをみるたびに、

もうひとつのいかりにみちたかおをあたまにおもいうかべました。

 

そのうち、いまみているおじさんのかおは

わらっているかおなのか、おこっているかおなのか、

わからなくなってしまいました。

 

でも、そんなことをいったら、またおじさんがおこるかもしれないから

だれもそのことはいいません。

そんなことをくりかえしているうちに

しだいに、まちのみんなはわらわなくなってしまいました。

 

おじさんがそれをみて、どうおもったかはわかりません。

だってみんな、ほんとうはおじさんがどんなことをかんがえているか、

そんなこと、しりはしなかったからです。

 

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